報告の概要(第1回公開セミナー)


■北タイにおける民間医療復興運動―治療師の正当化を中心に(古谷伸子)
1990年代以降、北タイではHIV/AIDSの感染拡大を一つの契機として、民間治療師の活動が活発化してきた。治療師たちは身近に現れた患者を試行錯誤でケアしながら、他の治療師、医療従事者、NGOなどと協働し、グループ化、ネットワーク化する。そして、治療師ネットワークをとおして、民間医療知識の収集・保存・継承や民間医療の利用促進・普及を目的とする様々な活動を行ってきた。治療師ネットワークは、治療師と外部の人びとや機関とを結びつける場であり、社会的に信用があるそれらの人びとや機関との連携は、治療師たちに一定の正当性を与えるものであった。以前は違法性をおそれてほとんど治療を行っていなかったが、治療師ネットワークへの参加を機に治療師としての実践を本格化させたという人は多い。本発表では、治療師グループ/ネットワークの結成からそこでの活動が衰退するまでを振り返り、個々の治療師の経験から、彼らが治療師ネットワークへの参加をとおして、どのように自らの実践を価値付け、正当化してきたのかを検討する。

■越境とシティズンシップ:パレスチナ人の移動とアイデンティティ形成(錦田愛子)
1948年のイスラエル建国以来、土地を奪われたパレスチナ人は難民または移民として国境を越え、世界各地に離散してきた。彼らの多くは居住国において、なんらかの居住資格を得ているが、必ずしも十分なシティズンシップを認められているわけではない。国籍の取得を原則として認めないアラブ諸国をはじめ、居住国では多くの権利が制限されたままである。こうした状況において、パレスチナ人は現在、どのようなアイデンティティを抱き、親族やコミュニティとの間の関係を構築しているのか。本発表ではこの点について、報告者が2003年以降、継続的に実施してきたヨルダンおよびレバノンでのフィールドワークに基づき検証する。また両国がパレスチナ人に対してとる受け入れ政策が非常に対照的であることから、これを各国の政治・社会状況の反映として対比し、それぞれにおける階層化されたシティズンシップの実態を分析する。

■東南アジア海域世界における海賊の人類学的研究―フィリピン南部スールー諸島の事例を中心に(床呂郁哉)
本報告では東南アジアにおける海賊に関して報告者のフィリピン南部からマレーシア領ボルネオ島北部沿岸にかけて位置するスールー諸島の事例を中心に報告を行う。スールー海域世界では、海賊は前植民地期から続く伝統的な生業のひとつであり、スペインなど欧米植民地主義者の側から「海賊」と名づけられた行為には、スールー王国のスルタンや貴族が公的に組織して実施した、奴隷掠奪遠征などが含まれていた。この種の「海賊」行為は、実際にはスールー王国の海産物交易と直結した労働力確保の意味合いが存在していた。そしてスールー海域世界が国民国家へ編入された第二次世界大戦後も、海賊たちの活動は止むことはなく、1990年代以降の現在においても海賊の活動は極めて盛んである。こうした多様な海賊の実態を明らかにするために、報告者は歴史的史料、および報告者のフィールドワークによって得られた民族誌的資料に基づきながら、スールー海域世界における海賊の歴史的背景から社会・文化的背景などの側面について報告と検討を行う。

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