風間伸次郎(採録・訳注).1993.『ナーナイ語テキスト』(ツングース言語文化論集4,小樽商科大学言語センター)より

9. хэрэ-ǯи, пуǯин-ǯи

カエルと プジンと

1990年1月16日、シカチアリアンにて、Тамара Владимиробна Перменко(ペルメンコ)氏(女性、1936年生まれ)がБелобородова(1986)のロシア語からナーナイ語に翻訳しなおしたものである。その原稿を読んでももらったのだが、その際の録音の不手際からテープはない。「8. カエル」との関連で取り上げたものである。


эмӥхон-ду(1)эǯиасӥбалǯӥ-ха-чӥ.њоан-до-а-чӥǯуэрхусэ
ある村に夫と妻と住んでいた。彼らには二人の男の
пиктэби-чи-ни.пиктэ-сэл-чидааӥурэ-хэ-чи,асӥ-го-арӥ
子供がいた。子供達は大きく育った、その妻を
баа-рӥӥ-чӥэрин-дуǯӥǯа-лаулээнпаталан-сал-бабаа-маарӥдаа(2)
見つけるべき時に、近くには良い娘達が探しても
абаа-чӥ.амӥ-нӥпурил-чи-и(3)ун-дии-ни,"асӥ-го-арӥмэнэ
いなかった。父は子供達へ言う、「自分達の妻を自分で
баа-руу-су,гэсэгуулин-дуу-су.боӈгопаталан-сал-ба
見つけよ、一緒に出発せよ。最初の娘たちに
ачан-паарӥсуэасӥ-го-арӥǯапа-оо-су,ǯоок-чӥгаǯ-оо-су."
出会ったならおまえたちの妻として取れ、家へ連れて来い、」
гээ,пурил-сэл-нигуулин-ки-л,амӥм-баарӥхэсэ-вэ-нитэǯэ
さあ、息子達は出発した、父の言葉を実現
осӥ-вааӈ-го-арӥ.ӥнда-сал-батокӥ-чӥхалӥа-раа(4)гуулиӈ-ки-чи
させるために。犬をそりへつないで出発した、
асӥ-го-арӥгэлэ-ндэ-мээри.энэ-й,энэ-й.гойда-маарӥ
妻を求めて行って。行く、行く、長いこと
энэ-хэ-чи.эмǯоо-каан-долаӥсӥнда-ха-чӥ.чадутанӥӥ
行った。一軒の小さな家に着いた。そこには
паталан-салхэрэ,пуǯинбалǯӥ-ха-чӥ,мээнмээнбэуӈ-ку,
娘たち、カエルと、プジンが暮らしていた、自分自分の場所を持ち、
мээнмээннакаӈ-ку,мээнмээнэњуэ-ку.пуǯин
自分自分の煙道を持ち、自分自分の釜を持っていた。プジンは
ǯобо-орӥ-ваулээсӥ-й,паксӥ би-чи-ни.њоанӥхай-ва=даа
働くことを好み、(何事も)上手であった。彼女は何を
та-й-нӥхэмулээн,ваайчанда-со-й,сӥа-го-йбаргӥ-й,
するのも全て良い、狩りをすること、食べ物を準備すること、
улээнгучкулиахора-сал-бааӈго-й.хэрэ=тэниигоо
良い美しい服を作ることも。カエルはメチャ
анааби-чи-нимээпигучкули=эмбодо-йби-чи-ни.
クチャであった、自分では美しいと思っているのだったが。
урэктэ-вэичэ-мимэдэси-й-ни,"ун-дуу,миигучкули-и."
ヤナギを見て聞く、「言え、私が美しいことを。」
абаа, урэктэуӈгу-й-ни."сиинасал-сӥболǯааболǯаа
「いいえ、」ヤナギは答える。「おまえの目は出目出目
би-й.бэгǯи-сигокчока." хэрэ=тэнииайактала-раа
である。おまえの足は曲がっている。」カエルは怒って
ун-дии-ни,"мииэǯи-гу-ибаа-пӥэктэпиктэ-вэ
言う、「私が夫を得たなら女の子を
баа-ǯаам-бӥ,синǯикоаӈса-го-а-нӥаӈго-ǯаам-бӥ."моо-ва
産んで、おまえでヤナギ製の篭を作ってやる。」木を
ичэ-мимэдэси-й-ни,"ун-дуу,моо,миигучкули-и."
見て聞く、「言え、木よ、私は美しいでしょう。」
абаа, мооуӈгу-й-ни,"сииойа-сӥпууктэмања,бэгǯи-си
「いいえ、」木は答える、「おまえの上にはいぼばかり、おまえの足は
гокчока,насал-сӥболǯаа болǯааби-й."хэрэ
曲がっているし、おまえの目は出目出目だ。」カエルは
ун-дии-ни,"мииэǯи-гу-ибаа-пӥ,хусэпиктэ-вэ
言う、「私は夫を得たなら、男の子を
баа-ǯаам-бӥ,њоан-до-а-нӥсинǯибуу-рии-вэ,лэкэ-вэ
産むだろう、その子に、おまえを与える、矢を
аӈго-ǯаам-бӥ."хэрэхай-ва=даата-й-нӥхэморкӥн.
作ってやる。」カエルは何をするのも全て悪い。
муэ-вэмуэлси-лу-йосӥнӥалӥотао-нӥǯалоп-тасӥ-ла-нӥпалан
水を汲み始めると、バケツのそれぞれが一杯にならないのに床は
муэ мањао-дасӥ-ла-нӥхоǯӥ-асӥ.улпи-мидэру-йосӥнӥ
水ばかりにならずには終わらないのだ。縫うことを始めるなら、
чумчуэм-бихурмэлэ-йкупэм-бэхочӥа-ваан-дӥӥ.эммодан
自分の指を針で刺し、糸をもつれさせるのだ。ある
хэрэпаава-лаичэ-рээун-дии-ни,"бунчитокӥ-ǯӥǯуэр
カエルは窓から見て言う、「私たちの方へそりで二人の
мэргэнǯи-дии-чи,бумбиэвэасӥ-го-арӥгэлэндэ-й-чи
メルゲンが来る、私たちを妻として求めて来る
биǯэрээ.ачаӈ-го-арӥ."хэрэача-нда-мӥниэ-хэ-ни.
ようだ。出迎えよう。」カエルは出迎えに出て行った。
пуǯин=тэнииапӥ-ла-ӥсӥсхала-ха-нӥ,тотарасээгǯэн
プジンは首の後ろを叩いた。それから赤い
урэктэ-хээносӥ-ха-нӥ.а-молӥаǯоок-чӥии-хэ-чи,даа-ǯӥма
ヤナギになった。兄と一緒に家へ入った。大きい方の
аӈ-нӥхэрэнакан-до-а-нӥтээ-хэ-ни,нэу-ǯимэ
兄はカエルの煙道に座った、弟の方は
мэдэси-й-нихэрэ-вэ,уй-ǯи=дээњоанӥбалǯӥ-й-ва-нӥ,уй
聞く、カエルに、「誰かと一緒にカエルは住んでいるのか」と、「誰が
ганǯан,гучкулинакан-дуао-рӥӥ-ва-нӥ."уй=дээ
きれいな、美しい煙道に寝ているのか、」と。「誰も
балǯӥ-асӥ,"хэрэуӈгу-й-ни,"мииганǯанǯобом-ба
住んでいない、」とカエルは答える。「私が清潔な仕事を
ǯобо-й-до-ӥ,ӥлга-ваулпи-й-ду-иэйнакан-дутээси-й.
する時には、模様を縫う時には、この煙道に座る。
чӥпчанǯобом-баǯобо-й-до-ӥ,пӥсача-ваулпи-й-ду-игой
汚い仕事をする時には、つぎをあてる時には別の
накан-дутээси-й."ааг-ǯӥмахэрэ-ǯиасӥла-ха-нӥ,нэу-ǯимэ
煙道に座る。」兄の方はカエルで嫁とした、弟の方は
асӥ-го-ӥбаа-мӥ=дааабаа.њоанӥпаавабэкэн-ду-э-ни
妻を見つけてもいない。彼は窓の敷居に
сээгǯэнурэктэ-кээм-бэичэ-хэ-ни,тотарањоанӥойа-ла-нӥ
赤いヤナギがあるのを見た、それから彼はその上に
ӥлга-вачуктули-йчэ-хэ-ни.тэниичуктули-мидэру-й-ни
模様を彫りたくなった。彫りかけるやいなや
урэктэ-кээн-ǯиэǯисээксэхэйэ-мидэру-хэ-ни.мэргэн
ヤナギの小枝から血が流れ出した。メルゲンは
ӈээлэ-хэ-ни,тургэн-ǯиурэктэ-кээнпасӥ-ва-нӥгэсэ
驚いた。急いでヤナギをかけらと一緒に
нээку-хэ-ни.гээ,ǯоок-чӥгулиӈ-гу-эрибаргӥ-маарӥ
置いた。さあ、家へ出発する準備をし
дэру-хээ-л.ааг-ǯӥмахэрэ-вэтокӥ-дутээ-вээн-дээǯулэси
始めた。兄の方はカエルをそりに乗せて、前へと
гулиӈ-гу-хэ-ни.нэу-ǯимэ=тэнииэнэ-ми=эмурчи-й-ни,
出発した。弟の方は行って、考える、
хоонта-мӥурэктэ-кээн-ǯиэǯэсээксэхэйэ-лу-хэ-ни.
どうしてヤナギの小枝から血が流れ出したのか。」
њоанӥ=танӥӥтэйурэктэ-кээм-бэичэгу-йчи-хэ-ни(5).токӥ-ӥ
彼はあのヤナギの小枝をまた見たくなった。そりを
хамасӥкэчиэрэгу-вээн-дээмочого-ха-нӥ.ǯоок-чӥиигу-рээ
後ろに向き直らせて戻った。家へ入って
ичэ-й-ни.ганǯаннакан-дугучкулипаталантээси-й-ни,
見た。きれいな煙道には美しい娘が座っている。
чумчуэм-бипуйэ-вэ-никапса-й-нӥ.мэргэнотолӥ-ха-нӥ,
その指の怪我に包帯を巻いている。メルゲンは理解した、
пуǯинурэктэ-кээносӥ-хам-ба-нӥ.њоанӥчумчуэм-бэ-ни
プジンがヤナギになっていたことを。彼がその指を
пуйэлту-хэ-ни(6)."хай-го-ӥсииурэктэ-кээно-чӥ-сӥ."
傷つけたことを。「何のためにおまえはヤナギになったのか。」
симбиэвэǯулэичэ-гу-и,саа-го-ӥта-хам-бӥулээнэǯи
「あなたを先に見て、知ろうとしたのです、良い夫に
осӥ-ǯаа-чӥ=нуу.гээ,эсисииǯоок-ча-сӥ(7)энэ-гу-эри."
なるだろうかと。さあ、あなたの家へ行きましょう。」
туйа-молӥаамӥм-барӥхэсэ-вэ-нитэрэкта-ха-чӥ.
そうして兄と共に父の言葉どおり正しく行ったのだ。
гӥамата-ваањаара-ха-чӥ.гэсэхэмту-ǯи-эриэмǯоог-ду
結婚式を祝った。一緒にみんなで一つの家に
балǯӥ-ло-ха-чӥ.эни-ниамӥ-нӥпуǯим-бэулээси-лу-хэ-чи.
暮らし始めた。母も父もプジンを気に入った。
пуǯинхай-вата-й-нӥ=дааулээн.сӥаорӥ-ва
プジンは何をするのも良い。食べ物を
пуйуу-рии-ни=дээ,эњуэ-вэсӥлко-й-нӥ=даа,муэ-вэга-а-нӥ=даа,
煮ることも、釜を洗うことも、水を汲んで来ることも
уликсэ-вэпуйуу-рии-ни=дээ,мапа-вамама-ва
肉を煮ることも、じいさんとばあさんに
сӥа-орӥ-нӥ=даахэмулээн.дуйситоо-раасилуунмоо-ва
食べ物を出すこともみな良い。森に上って乾いた木を
гааǯо-й,голǯом-баӥваӈ-го-й,ǯоог-дуњама
持って来、かまどを点火し、家を暖かく
осӥ-ваан-дӥӥ.хэрэ=тэниихай-ва=даата-й-нӥхэморкӥн.
する。カエルは何をやらせてもみな悪い。
чӥпчанмуэ-вэгааǯо-й,чӥпчанэњуэ-чийэвэри-й,
汚い水を持って来、汚い釜へ撒き、
уликсэ-вэсӥӈактамэӈдээпуйуу-рии.њоанӥ
肉を毛のついたまんま煮る。カエルが
пуйуу-хэм-бэ-ниуй=дээсӥа-расӥ,хэмтопӥчӥ-й-л.
煮たものを誰も食べない、つばを吐いた。
голǯом-бањалонтуӈдэмоо-ǯӥ-а-нӥӥвам-боча-нӥтава=даа
かまどを沼のヤナギの木で点火すれば火も
ǯэгдэ-эси.мама-ǯӥмапа-ǯӥайактачӥ-й-л,ǯоог-дуноӈǯӥ.
燃えない。ばあさんもじいさんも怒った、家は寒い。
би-ми=эбалǯӥ-мӥ=апуǯинэктэпиктэ-гу-ибаа-ха-нӥ.
いて、暮らしていてプジンの女には子どもが産まれた。
арчокаан=танӥӥулээн,гучкулиби-чи-ни,амӥ-нӥ,эни-ни
娘は良い、美しかった、父も母も
маӈгаагданасӥ-ха-чӥ.хэрэ=тэниипиктэ=дээабаа
ひどく喜んだ。カエルには子もない
би-чи-ни,алакӥсӥ-й-нӥ,хоралсӥ-й-нӥ.пуǯинпиктэ-вэ-ни
のであった、妬むのである、嫉妬するのである。プジンの子どもを
ваа-орӥ-вамурчи-хэ-ни.гээ,эммоданхэрэпуǯин
殺すことを考えた。さあ、あるカエルはプジンの
пиктэ-ǯи-э-нимого-ва,амтака-ватама-нда-маарӥдуйси
子どもとキノコをベリーを集めに行って森へ
тоо-ха-чӥ.пуǯинпиктэ-вэ-нихэвээнкӥра-чӥ-а-нӥ
上った。プジンの子どもを湖の岸へ
олбӥн-даамуэ-чиана-ха-нӥ.арчокаанмуэ-чи
連れて行って水へ押した。娘は水へ
туу-рии-ду-э-ниǯуэрота-нӥчоптоа-ха-нӥ,хэвээн
落ちる時に二つの靴が脱げた、湖の
кӥра-до-а-нӥдэрэǯи-хэ-ни.эситул=дээ(8)ǯуэрэмутучаагǯан
岸に残った。二つの同じ真っ白な
мого-салосӥ-ха-нӥ.хэрэǯоок-чӥǯиǯу-рээун-дии-ни,
キノコになった。カエルは家に戻って言う、
"арчокаанамтака-ватама-ха-нӥ,хэвэнкӥра-до-а-нӥ
「娘はベリーを集めた、湖の岸に
ӥлӥсӥ-ха-нӥ,суукту-дутаа-раамуэ-чипуэлиӈ-ки-ни."пуǯин
立った、木の枝に引っかかって水に落ちた。」と。プジンは
соӈго-мӥхэвээн-чипагǯӥала-ха-нӥ.ичэ-й-ниǯуэрэмуту
泣いて湖へ走った。見る、二つの同じ
чаагǯанмого-каан-салӥлӥсӥ-й-нӥ.пуǯинотолӥ-ха-нӥ,
白いキノコが立っている。プジンは理解した、
эйпиктэ-нипањаа-нӥдэрэǯи-хэ-ни.мого-каан-сал-ба
「これは子どもの形見が残ったのだ、」と。キノコを
ǯапа-раа,ǯоок-чӥгааǯо-раа,пиктэ-иао-ха-нӥбэун-ду
採って、家へ持って帰って子どもが寝ていた場所に
нээ-хэ-ни.тота-пӥ=аичэгу-хэ-ни,тэйбэун-дупиктэ-ни
置いた。そうすると見た、その場所に子どもが
ао-рӥӥ.хэрэбааро-нӥмаӈгаайактала-ха-чӥ,тотара
寝ている。カエルの方をひどく怒った、それから
ǯоог-ǯӥаǯӥпуӈнэгу-хэ-чи.хэрэǯамǯа-ва,ǯуэртало-ма
家から追い出した。カエルは天秤を、二つの白樺製の
муэлуу-вэǯапа-раа,вайсӥэнэ-й-ни.мээпитэӈмаӈга
バケツをつかんで、川へ行った。自分のことをとてもひどく
гуǯиэси-лу-хэ-ни.хэрэун-дии-ни,"хаосӥмииэси
哀れに思った。カエルは言う、「どこへ私は
энэ-ури. мимбиэвэуй=дээгэлэ-эси."ичэ-й-ни,уйлэ
行くべきだろうか。私を誰も必要としない。」見る、上には
дааӥмуру мурубӥаагбӥӈ-кӥ-нӥ.хэрэмора-псӥӈ-ки-ни,
大きなまんまるの月が出ている。カエルは叫びだした。
"бӥа,бӥа,эусиэу-руу,мимбиэвэмээн-чи-иǯапа-руу(9).
「月よ、月よ、ここへ降りて来い、私を自分の所へ連れて行け。
миихай=дааанаа-ӥ,мимбиэвэуй=дээулээси-эси."
私には何もない、私を誰も好まない。」
бӥахэрэ-вэдоолǯӥ-ха-нӥ.наа-чӥэу-рээ,хэрэ-вэ
月はカエルの言うことを聞いた。地へ降りて、カエルを
ǯапа-раа,боа-чӥтообого-ха-нӥ.эси=тэниибӥамуру
つかみ、天へ上げた。今でも月が
муруосӥ-очӥа-нӥхэрэ-вэ,муэлуу-сэл-бэ-ниǯамǯа-ва-нӥ
まんまるになるとカエルを、バケツを、天秤を
ичэ-ури.ун-дии-чи,"хэрэакса-хам-бӥǯооӈго-пӥ,най-чӥ
見る。人々は言う、「カエルはハラをたてたことを思い出すと、人へ
айактачӥ-й-нӥ,муэлуу-ǯи-имуэ-вэнаа-чӥхуул-дии-ни.
怒る、バケツで水を地面に注ぐ。
чадутугдэтугдэ-й-ни.тугдэтургэнхоǯӥ-й-нӥ,
その時雨が降る。雨はすぐに止む、
тало-мамуэлуу-думуээгǯиби-эси.
白樺製のバケツには水はたくさんないのだから。

前書きに書いたように、訳者はシカチアリアンのナーナイ人である。しかし、 мукэ「水」のようなシカチ方言の形が出てこないことから、訳者は標準的なナー ナイ文語で書く事を目指したものと思われる。8.のカエルのナイヒンにおけるテ キストと比べると使われている語彙が若干違っている。これはシカチ方言の語彙 を反映しているのかもしれず、また元になったロシア語の影響があるのかもしれ ない。擬音語、擬態語の使用が少ないが、これは元が書き言葉であるためであろ う。「8.カエル」のテキストとほぼ同じ語であるため上記のような点でも興味深 いが、Белобородова(1986)には、このテキストをどこで採集したのかが書かれて いないのは残念である。

(1)このテキストは、正書法への若干の変更、母音の長短及び形態素への分析以 外、オリジナルの原稿に手を加えないようにした(オリジナルの原稿では、長母 音に関してはこれを全く表記せず、附属語とみなしたもののみハイフンで区切っ ている)。したがって例えばこの語は、母音調和からすればӥхон-доとなるべき ところであるがこのままとした。与格の-до/дуにおいては、この例のように男 性母音の形式が使われるべき所で女性母音を持つ形式が使われることが多い。こ れは他のナーナイ人筆録によるテキストなど(Аврорин 1986, Гейкер 1990)に おいても然りである。しかしこのテキストにおいてもそうだが、男性母音の形式 -доが全く使われないわけではなく、これも同じテキスト中に現れる(次の文の њоан-до-а-чӥを参照)。この使い分けが何によるのかは不明である。

(2) 原文ではбаа-маарӥ дааと=дааを独立した一語として書いているのでこれに したがった。以下も原文では附属語の取扱いに揺れがある。

(3) мэдэси-й-ни, би-йなどの場合、原文ではмэдэсини, биのように音の長さを 書かない。しかし再帰人称接辞の-ӥ/-иの場合に限ってはこのпурилчииのように 母音を二つ重ねて表記している。このことからすればОненко(1986)のようにこの 接辞は-йӥ/йиととらえるべきものなのかもしれない。

(4) 原文はхаля-となっている。

(5) ичэгу-йчэ-хэ-ниとあるべきところであるが原文のままとした。

(6) Оненко(1980)には同様の意でпуйэнту-の語があがっている。

(7) ǯоок-чӥ-а-сӥとあるべきところだろうが、原文のままとした。

(8) эси=тул=дээとなるべきところだろうが原文のままとした。

(9) 母音調和の法則からはǯапа-рооとなるべきところである。しかし命令形でも やはり男性形は使われている(本テキスト6行目のǯапа-оо-су参照)。